子供に怒るか or 叱るか or 罪悪感を抱かせるか

2021年5月7日

今日の夕方のニュースでちょっと気になることがありました。

毒親育ちで、子育てに不安を抱いている人も多いと思うので、

この機会にこれから、私の子育てエピソードや子育てについて思うことも書いていこうと思います。

その第1回です。



今日、気になったのはニュースというよりニュース番組内で

「子供を怒るより、『ママ悲しい』と言った方が効果的」

とおっしゃっているアナウンサーさんがいらっしゃったことです。


取り上げられていた話題は、

女優の菅野美穂さんがイベントで、子供にテーブル一面ボンドまみれにされたという話をされたことでした。

VTRで菅野美穂さん自身は

「手の届くところに置いてしまった自分が悪い、という思いと、自分が一番不幸という思いの板挟み」

とユーモアを交えて話してらっしゃいました。


それについて、スタジオのアナウンサーさんは

子供がいたずらをした時は怒ったり叱ったりするより、

「ママ悲しい」とシクシク泣いたような行動を見せる方が「ママが悲しいのはだめだ」と思うようで

いたずらをやめさせるのに効果的だと。

「ぜひ菅野さんに教えてあげたい」とおっしゃっておられました。



それを聞いて、ストレートに「いいこと聞いた!」と思うお母さん達もいらっしゃるのかな?

でも私は、「絶対ありえない」と思って、違和感だらけでした。


子供に対して、「怒る(=不満をぶつける)」と「叱る(=しつける)」は違うということはよく言われます。

この議論に出会うと必ず「怒るのは良くない、叱るべきだ」という意見に出会います。


私は、「怒る」と「叱る」の区別はするべきだけど

「怒る」ことが必ずしも悪いとは思いません。


例えば、夫は何とも思ってないけど私は嫌だと思うことは「怒る」でいいと思います。

ソファーに置いてあった私物を床にどかされたとか。

靴を履く時にワンクッション、自分の靴を飛び石みたいにされたとか。

家族の中だからマナーにルーズになることもあると思いますが

そういうのって人によって許容範囲が違うと思います。

家族も一つのコミュニティーであり、共同生活です。

その中で起きたことには、親だって一人の人間として嫌なことも当然あります。


なので私は、「これで怒らない人もいるけれど、私は嫌だ」ということは「怒り」ます。

「怒っても繰り返す」という時に「叱る」ようにしています。


「怒っても繰り返す」のは、相手も関係ないし、内容も関係ありません。

幼稚園の子も「人の嫌がることをしてはいけません」と叱られますが、まさにそれです。

なので相手が怒っているのに繰り返すのは「叱り」ます。

相手が嫌がっていることを続けるとどうなるかということも説明します。

自分にも返ってくるよということも話します。

説明して、考えさせて、どうするか決めるように促す。

そういうことが「叱る」だと思っています。


私なりに「怒る」と「叱る」について区別しているということで、二つの違いはこの辺で。

話を戻しますね。

アナウンサーさんがおっしゃった

「子供を怒るより、『ママ悲しい』と言った方が効果的」は

「怒る」なのか、「叱る」なのか。


これは「怒る」でも「叱る」でもありません。

私はすごい拒否反応を示すのですが、『罪悪感を抱かせる』ということです。



「怒る」は自分の不満を相手に伝えること。

「叱る」はしつけの意味合いが大きい。

説明して、考えさせて、どうするか決めるように促すこと。


では、『罪悪感を抱かせる』は?


不満に思うのは自分の都合なのに、巧みに自分の「負の感情」を相手に背負わせることだと思います。


どういうことかというと、

私が「怒る」のは「これで怒らない人もいるけれど、私は嫌だ」という時です。

私の都合で不満に思うことに対して怒ります。


これに対して『罪悪感』の場合は、「これで怒らない人もいるけれど、私は嫌だ」ということを、

「これをやった自分が悪い」と相手に思わせるということです。


たまたま私が嫌だったことをしたからといって、相手が100%悪いというのは横暴です。

けど、『罪悪感を抱かせる』というのは自分の気分の悪いことを100%相手のせいにして、自分だけスッキリさせる行為です。



程度の差はおいておいて、毒親の中に泣き落としを手段にしてくる人がいますがそのやり方と同じです。

「あなたのためを思って〜」、「あなたのために〜」と言って、

自分が勝手にしたのに、こちらが頼んだのに不義理をしたかのように言ってきます。

それによって、毒親育は『罪悪感』を植え付けられます。

だから、アナウンサーさんが「効果的」と言われたのはもっともです。

毒親育ちはこれに長年苦しめられている人が少なくありません。

それだけ『罪悪感』は根深く侵食します。


私の母はよく、この手の泣き落としを使いました。

そして煽るように祖母が「親を苦しめて楽しいのか」と言ってきます。

その時に植え付けられてきた『罪悪感』のフラッシュバックに悩まされた時期もあります。

今でも完全には抜け出せていません。


毒親でこの方法を取る人は、成人した子にも幼児と同じ対応をしているということです。

毒親の時計が止まっているからとも考えられますし、

親離れされると自分の存在意義を見失うという恐怖があるからわざと、ということも考えられます。

いろいろなパターンが考えられますが、

何にしても、自分勝手で、子を縛り付けるための行為です。



だから、アナウンサーさんが「子供を怒るより、『ママ悲しい』と言った方が効果的」とおっしゃった時私はぎょっとしました。

毒親的発想で、私には考えられない、ありえない方法だからです。


確かに、テーブル一面にボンドを塗られたらイラッとしない親はいないとは思いますが、

「子供が100%悪い」とは言い切れません。


手に取れるところにボンドを置いた親にも責任はあります。

お母さんが後片付けに時間が取られて、遊んで欲しいと思った時に遊んでもらえなければ

それは自分のしたことが自分に返ってきたと子供は学ぶ機会になります。

それなのに、母親のイラッとした気持ちとか、片付けで気が重くなってる気持ちとかを

「お母さんを悲しませてしまった」と子供に背負わせて、悲しい気持ちにさせる必要あるかな?と。



私だったら多分「怒り」ます。

「なんでこんなことしたの!」と。

それはそれで、子供はやっちゃったと思います。

お母さん怒ってるなーと感じます。

こんな時、うちの子のパターンだと「怒ってる?」と聞いてきます。

私は「怒ってる」と答えます。

「ボンドを置いておいたお母さんも悪いけど、片付けるのすごく大変だなと思って機嫌が悪いの」と言います。

横でずっと片付けを見てる時もあります。

片付けが終わるまで、静かにしていて、終わった頃に「ありがとう」と言いにくることもあります。

何か簡単な方法はないかと、「〜してみたら?」と提案してくることもあります。

自分がやったくせに〜、とは思いますが、何かしら考えているのだと思います。


「叱る」だと、

「これじゃテーブル使えないね、次のご飯の時使えないと困らない?」

と言えば子供なりに考えると思うんです。

3歳にもなれば、使えないのは困るな、と。

それなら元に戻さなきゃいけないとわかると思います。

子供の年齢によっては、遊んで欲しいけど無理だな=つまんない、とか。

お母さんが後片付けする時間が減れば、一緒に遊べる時間が増えるぞ=手伝おう、とか。

そこまでいけば片付けるのはめんどくさいからもうやらないでおこう、と思うかもしれません。



『罪悪感』では「お母さんを悲しませることをしてしまった」という思いしか残りませんが、

「怒る」や「叱る」なら学びになるかもしれません。

「怒る」場合は人間関係の、「叱る」ならもっと広義に、子供自身が考える機会になることもあります。

その方が、負の感情の連鎖で行動するより、プラスの循環だと思います。



私が考える方法よりいい方法はあるかもしれません。

でも、子供に罪悪感を抱かせるやり方はやるべきではありません。

これくらいなら、と程度問題で捉えるのもよくありません。

小さなことも積み重ねると猛毒と変わらなくなります。



子供はまだ、人格が出来上がっていません。

自己肯定感も存在意義もこれから育っていきます。

そんな時に、負のサイクルでの考え方より、プラスの循環に身を置く習慣を身につけた方が断然いいと思います。



また、子育てについて参考にしてもらえるかなということがあれば書いていこうと思います。

子育て

Posted by YUKKO